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さて、今回はプロローグとして、転職における時代背景とジェネレーションギャップについて確認しておきたいと思います。
昭和時代の労働環境
一生を同じ会社で勤め上げるというのは立派ですよね。本当にそのような企業に若い時に出会えた人は、その幸運に感謝しないといけませんね。
昭和の高度成長期では、どこの企業でも日本の経済全体が成長していった時代でしたから、同じ会社に勤め続けていても給料も上がり、みながハッピーになった時代でした。
戦後の日本は焼け野原からの復興をしてきた訳ですが、実はゼロからのスタートという訳ではなかったんです。
どういうことかと言いますと、日本は戦争で殆どの都市は焼失してしまいましたが、日本人が持っていた知恵や技術力は残っていました。
もちろん戦争の犠牲となって貴重な知識や技術力が喪失してしまったことも事実ですが、それでも終戦を迎えた人たちには、昔から伝承してきたノウハウがありました。みな、知恵を絞って戦後復興を果たしてきたんです。
タイミング良く朝鮮戦争が勃発し、米軍が日本から軍事物資を大量に購入しました。つまり物質的に何もかも無くなってしまった日本人にお金を落としてくれたんですね。
それで経済が回りはじめ、お金が日本国内に流通しはじめると、みな戦争で喪失したものを購入したり、新たに生産活動に必要なものを揃えたりして、国内市場も活性化してきました。
そうなると企業もその需要に応えるために増産をします。今のように機械やコンピュータなどは普及しておりませんでしたから、もっぱら人手に頼っていました。
どこの企業も売れる見通しがあるものだから給料を毎年上げて、ボーナスも支給して社員を繋ぎとめていたんですね。
でも、平成にバブルが崩壊して以降、日本は成長がとまってしまいました。実際は、少しずつ成長してはいるのですが、昭和時代のような二桁成長は出来なくなってしまいました。
これは、当然のことなのですが、戦争で何もかも破壊された日本国土の復興需要と欧米諸国の技術に追いつこうと努力してきたから二桁成長してこられたんです。
平成以降の変化
平成の時代になると、先進諸国の中でもトップクラスの技術力を持つようになってしまった日本は、一気に失速していきます。
今までは目標があり、その技術に追いつくこと、さらには日本人がもっとも得意としている工夫を加えて更に効率的・合理的にしていくことで成長してきましたが、平成になってからは、自分たちが最先端となってしまい、この先、何もしていいのかわからなくなってしまったのです。
つまり、現在ある技術はトップクラスなので、もうやることはない。当面は現状維持で十分だと。それでご存じのように日本の家電メーカーは崩壊しました。
この世の中にないものを生み出すという発想が当時の日本には無かったと言っても過言ではありませんでした。
やはり、1のものを100にするスキルと、0のものを1生み出すスキルというものは全く違います。日本人は1のものを100どころか、1,000にまでしてきたからこそ世界でも注目されるくらいの戦後復興を果たすことが出来たんです。
ただ、今の日本の経営陣は昭和時代の成長体験をしてきた60代以上の人達が沢山いますので、今更0→1の発想をせよと言われても、酷なことだと思います。
そうかと言って、彼らが現在の権力・地位を手放したくないので(当然ですね。今まで我慢してきたわけですから)、経営の舵を切ろうにも、動けずにもがいているのが現状です。
当然ながら、そのような企業が昔のように成長出来る訳がありません。売上は伸びていかない、経費は高くなっていく、少子高齢化で若い人材が確保出来なくなってきている。このような環境下で給料が増えるわけがありませんよね。
そうなると、50代以下の人達、つまり平成以降に社会人となっている人たちからすれば、このままでいいのかと悩むのは当然だと思います。
なかには、退職金制度を無くしている企業も増えております。そうなると、定年まで勤め上げようという理由がなくなってしまいますよね。
バブルが崩壊した当初、アメリカ式の評価制度がはやりました。成長が伸び悩んでいる中、日本の経営陣は、社員のパフォーマンスによって昇級・昇進に格差をつければアメリカのようになれると勘違いし、成果主義制度が日本の多くの企業で導入されることになりました。結果は、おわかりのとおり、多くの企業が中途半端な制度となってしまい、皆で協力するという日本の良さが薄れてきて、今の世の中になってしまいました。
評価する人たち(昭和時代の上層部の人たち)は、当然新たな評価制度の対象者ではありませんので、部下に対して昔ながらの滅私奉公を要求してきます。しかし、50代以下の人達は自分たちの評価にならないことをしても給料はあがらないし、付き合わないと評価者から不当な人事考課をされて昇級どころか左遷人事もあり得る始末です。 これでは、転職をしてみたくなるのも当然ですよね。
まとめ
昭和時代は海外というお手本を目標に各企業は成長してきました。そこには社員間のチームワークで工夫をしながら会社全体が成長し、給料も増えていたので働いた結果が誰の目にも見えていました。そのような時代でしたから、基本的には転職する必要がありませんでした。寧ろ転職する人は、前の会社で悪いことをしたのではないかと思われたりもしていましたので、基本的には転職しなくても自己実現が出来た時代でした。
平成になってからは、先端の手本が無くなり、新たなものを生み出していかなければならないという難題に各企業はぶつかりました。
売上が昭和時代のように伸びていかないなか、人事制度改革という名のもとに賞与の削減や昇給率の抑制をしはじめる企業が増えてきました。
そうなると、上司に気に入られようとする要領のよい社員ばかりが出世し、地味だけど重要な仕事を黙々とこなす社員は評価されにくくなってしまいました。
そこにきて、団塊の世代が40―50代になってきた時点で、管理職ポストにつけない社員が大量に発生しました。
管理職になれないシニア層と若手が同じような仕事をすることになりますが、給料は2倍以上違い、若手のやる気が削がれていきます。
先行きのキャリアプランが見えない会社で一生働く意味を見いだせない若手が別の会社に本格的に転職しはじめたのが平成のはじめの頃です。
ここまで読まれておわかりのとおり、昔と今では企業も労働者も環境が変わってきている背景があり、それに伴って転職を選択する人が増えてきました。転職を選択する人たちもポストや給料面で納得感が得られれば昭和時代のようにひとつの企業にとどまる人も多いのではないかと思います。 ただ、事業で成功されている人は転職してキャリアアップしている人の方が多いのも事実です。それは昭和時代よりも今の世の中の方が周囲の環境は整ってきていますから転職へのハードルが低くなって挑戦しやすくなっているのかと考えます。
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